心の性は現在いろいろとオープンに表現できる時代であると思う。
無料でできる性別診断をした際、私の「心の性」の欄に「Xジェンダー」と書かれていた。
正直その診断結果に全く違和感がなかった。
Xジェンダーには、4つの種類があり、「中性・両性・無性・不定性」というものがあり、
私は、両性タイプであると思う。
両性タイプは、自身を「男でも女でもある」と捉えている。男女の割合は個々で異なるが、本人の中でその割合が変わることはほぼないというものである。
Xジェンダーとは、日本人が考えたものであるらしく、私の両性タイプは、おそらく「Bigender(バイジェンダー)」と呼ばれるものである思う。
幼少期、私は男になりたくてしたくて仕方なかった。
女であることに悲しくなったり、変な劣等感を感じていた。
兄やいとこが全員男というのもあり、親戚の集まりでは私だけ仲間外れのような感じがして、少し悲しくなる瞬間も多かった。
年齢が上がるにつれて10歳のころ体にも変化が訪れて、本当に自分が女になるという恐怖を感じて、毎日胸を潰して大きくならないようにしていた。それでも隠し切れなくなり、それまでとても背筋がよかったのに、猫背になってしまった。
更に、中学生高校生になると制服を着て生活するようになり、男子に背を抜かれ始め、さまざまな場面で自分が女であることがリアルに現実となった。そうなってしまうと、徐々に自分が女であることを受け入れられるようになった。
最初は制服にも抵抗があった。スカートをほとんど着たことが無かったのにいきなり毎日制服を着ないといけなくなったのだ。
それでも徐々に慣れた。
力関係でも、やはり男に勝てない部分があり、逆に調理実習などでは女はできることが多かったように思う。
そこで、自分にできないことよりも自分ができる部分で人に貢献する方がいいと思った。
力が及ばない部分は男に頼ってもいいと思えた。
恋愛の話をすれば、同級生から「誰よりも乙女」と言われることも珍しくなかった。
その一方、周りにはかっこつけたいという思いもあったため、女の子が嫌がりそうな虫の処理などを抵抗なくしていたため、「イケメン」と言われることも多かった。
自分には、男の面も女の面も存在するということが分かった。
私の場合、「この人の前では女だな」や、「この話題のときは男だな」など、
一緒にいる人や場の空気で男と女が代わることが多い。と振り返って感じた。
私には一人だけ男友達と思える人がいるのだが、その人の前では完全に男だ。
しかし、恋人の前の私は女になる。
意識しているわけではないが、それがその人といるときの私なのだ。
基本的には、この人といるときの性別がどっちが分からない人がほとんどだ。
それはそれでいい。
無理に、性別を統一させようとすると疲れるのだ。自分が無理のないテンションでいられる性でいると思う。
これも、もしかしたら性別など関係ない。自分の今の気分と言ってしまえばそうなのかもしれない。私はXジェンダーでもなんでもなく、「このわたし」で生きられるようになったのかもしれない。
私は女である今も受け入れられるし、もし明日から男になるとなっても受け入れられると思う。
性別にコンプレックスを抱え続けた挙句、不満を持ち続けることにも飽きて、受け入れることで楽になれた。
正直性別にこだわりを持たない人間であるとも思う。
性別なんて気にせず、今の私を表現して私は生きていく。